たんだろう。」
 私はぎくりとしたが、眼を外らし努めて平気に答えた。
「いや別に……。先刻も云った通り、その珍らしい画帳が見付かったので……。」
「初めはそのつもりだったろうが……。いやもういいや。君の好意は僕にもよく分ってる。僕は人の好意を無条件に受け容れることが好きなんだ。皆僕のことを思ってしてくれてるんだから、僕はただ感謝している。然し君達はどうしてそう寄ってたかって、陰でこそこそ相談し合ってるんだい。僕がもう明日でも死ぬかと思ってるのだろう。」
 私は黙って彼の顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]の震えを見ていたが、どうせ遁れられないことと思って、じかに問題に触れていった。敏子さんがひどく心配してることや、敏子さんから頼まれたことなどを打明けておいて、それから、河野が金を返しに来たのはただ当り前のことで、それを気にするのが可笑しいというようなことを、静に説き初めた。然し吉岡は私の言葉が終るのを待たなかった。病的な鋭利な調子で私に突きかかってきた。
「河野君があの八百円の金を返しに来たのは、表面から見れば何でもない当り前のことさ。然しその気持を僕は不快に思うのだ。今のうちに
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