返事をして、私の方を見向きもしなかった。
 その不機嫌な様子よりも、何だかじりじりしてるらしい顔付に、私は注意を惹かれた。もう十日ばかり食慾不振で、僅かな流動食しか取っていないので、眼が凹み頬の肉が落ちてるのは当然だが、その顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》のあたりに蒼白い筋が浮いて、びくりびくり震えていて、一寸した衝動にもそれが手足の先まで伝わってゆき、神経質な痙攣的な震えとなってゆきそうだった。こんな風じゃとても駄目だと私は思った。そして暫く黙ってた後に、早く退出して用件を敏子さんに返上しようと考え初めた。
 その時、吉岡は不意に看護婦の方へ呼びかけた。
「一寸話があるから、あちらへ行っててくれないか。」
 私は吃驚したが、看護婦は落付払っていた。
「でも、余りに込み入ったお話をなさいますと……。」
「大丈夫だ。一寸の間だから。」
 看護婦が意味の分らない目配せを私の方にして、不機嫌そうに出て行った時、私はもう蛇の前に出た蛙のように竦んでしまったのである。そういう私に向って、吉岡は一二分の沈黙の後、いきなり爆発しかけてきた。
「君は敏子に頼まれて僕の所へやって来
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