けませんでしょうか。」
頼まれてみれば引受けないわけにはゆかなかった。然し私はそういうことには極めて不向だった。その上、何だか馬鹿馬鹿しいことのようでもあるし、非常に込み入った重大なことのようでもあるし、一寸掴み所がなかった。河野が四年前に借りた八百円を返しに来た、単にそれだけの当り前のことで、別に不思議はないのだから、吉岡がつまらないことに神経を苛ら立たせてるのか、または裏面に複雑な事情が潜んでるのか、どちらかに違いなかった。がどちらにしろ、吉岡が危険な容態である以上は、それに触れるのは困難なことだし、一歩離れて考えれば、馬鹿げてることだった。まあいいや、吉岡に逢った上で……そう私は決心して、病室へ通った。
その時私は幸にも、ロシアやドイツやスウィスあたりの、人形や木彫の玩具などの画帳を一つ見出して、吉岡の無聊を慰めるためにと持って来ていた。で何気なく病室にはいっていって、それを吉岡の枕頭に差出した。
「一寸面白いものが見当ったから持って来たよ。」
「そう、有難う。」
吉岡は私の方をちらと見やって答えたまま、画帳には手も触れなかった。
「気分はどうだい。」
「うむ。」
曖昧な
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