く見つめてるうちに、私は沈黙が苦しくなってきた。そして、何か云いたいがその言葉が見当らないもどかしさで、しいんとした中に坐っていると、他の意外な圧迫を感じだした。
それは一寸説明しにくいが、まあ云わば、今まで気にも留めないでいた看護婦が――白い服を着て俯向き加減に室の片隅に坐ってる看護婦の存在が、俄にむくむくとふくれ上って私の前に立塞った、というような感じだった。私達他の者がいくら側から気を揉んでも、病人を包み込み病人が呼吸してるその空気は、全く彼女の支配下にある、というような感じだった。
私は妙な気持で彼女の方を眺めやった。白い服の裾がふうわりと膝のまわりに円く大きく拡がっていた。寝不足の艶のない顔に、真直な細い眉が取ってつけたように逆立っていた。――吉岡の容態は案外危険なんじゃないかしら、とふとそんな気もしたし、自分自身が其場に不調和な邪魔もののような気もした。
沈黙が続いた。
「では、大事にし給いな、また来るから。」
そう云って私は、お辞儀をするような風に身を屈めて、室から出て行った。
玄関で私は敏子さんに引留められて、茶菓子の馳走になった。女中達が眠そうな眼をしていた。
「あのことについて何とか仰言いましたの。」
「いいえ、何とも。」
暫くすると私の方から云った。
「医者はそうひどいようには云っていなかったんですね。」
「ええ。……でも、悪いんでしょうか。」
「そうでもなさそうですが………。」
低い声でそんな話をしてから、敏子さんは長い間病室の方へ行ったりした。
いつのまにか夜が更けて、もう電車も無さそうだった。私は勧められるままに泊り込んだ。もし吉岡に万一のことがあったら……という思いがいくら追い払ってもちょいちょい顔を出した。春の終りに喀血をして、夏中病床に親しんで、秋風の立つ頃風邪の心地から、急に容態が悪くなった、その全体が一目に見渡された。遅くまで眠れなかった。
後で聞いたのだが、その晩も敏子さんは長く吉岡の側についていた。吉岡はすやすや眠ってる風なのに、突然眼を見開いては、二人共寝てくれと云った。そんなことが何度もあった。それで敏子さんは寝ることにした。看護婦はその晩と前晩と二晩続いて、殆んど一睡もしないと云っていいくらいに、吉岡の側につきっきりだったそうである。
四
翌日早朝に私は起き上った。
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