。町のすぐそばの河なんです。夏のことで、まだ明るくて、水の面《おもて》に小魚がはねてるのが見えました。乳母はあたしを土手の草の上に坐らせ、自分もすぐそばに坐って、長い間だまっていました。あたしは歌をうたっていましたが、それにもあきて、乳母を見ると、乳母の頬に涙が流れているんです。ばあや、なぜ泣くの、とききますと、こんどはほんとに声をたてて、あたしの肩をだいて泣きだしたんです。あたしもなんだか悲しくなって、涙ぐんでいますと、乳母はじっとあたしの顔を見て、それから、お嬢さま、わるいことをしました。お許し下さいと、頭をさげるんです。あたしには何のことかさっぱり分りません。お許し下さいますかって、なんどもきかれて、あたしはただ、なんでも許してあげる、と云いましたの。すると、乳母はほっと太い息をついて、それから、手にもっている小さな風呂敷包みを……その時まであたしは気にもとめていませんでしたが……その包みを開きました。中はまた、新聞紙包みになっています。その新聞紙をとると……あらッとあたしは声をたてました。あたしの着物……大きな赤い牡丹のついた、友禅模様の金紗の袷です。乳母はそれをあたしの膝の上
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