において、あやまるんですの。お嬢さまに別れるのがつらいから、悪いことと知りながら、このお着物を盗んで持って帰りました。お願いすれば下さることは分っていましたが、なんだか申しにくくって、だまって盗んでいきました。けれど、あとで心に咎めて、どんなにか泣きました。そして今日、お返しにあがりました、盗んだことをお嬢さまにだけ打明けて、罪を許していただくつもりです、お許し下さいませ……とそうなんです。あたしは乳母の首にとびつきました。そしてその着物をあげるといいました。けれど、乳母は受取ろうとしません。罪を許していただくためにお打明けしたので、お着物を頂戴するためではありません、といってきかないんです。でもとうとう、あたしは駄々をこねて、その着物を乳母に受取らせました。乳母はまた丁寧に、新聞紙に包み、風呂敷に包みました。夕日がもう沈んで、ぼーっとした明るさでしたけれど、乳母の顔はとても晴れやかでした。あたしは乳母の手につかまって家に帰っていきました。その時のことが、いつまでも忘れられませんの……。」
 敏子は口を噤んでからも、身動きもしないで、眼を室の隅に据えていた。顔は冷たく澄んで何の表情もな
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