愛じみた話が少しもないのは、注意を要する。数年前、亡父と縁故のある会社を自ら罷めてからは、別に為すこともなく、或る経済雑誌社に出資者とも顧問ともつかず関係してるだけで、始終ぶらぶら出歩いていて、家にいる時には、経済や文芸や自然科学などの雑書を、全く無秩序に乱読してるか、それよりもなお多く、ねころんでうつらうつらしている。睡眠にかけては実に貪婪なのだ。昼寝をしておいて、夕食に起きてきて、夕刊新聞を見てしまうと、またすぐ寝床にはいることがある。精神的にか肉体的にか、なにか病気なのかも知れない。そして彼は現在では、三十万余の金を持っている。そしてなお殖えつつある。而もそれが殆んど全部、不動産はなくて株券か現金かなのだ。だがこのことについては先に述べよう。
右のような坂田とその財産とは、落着いた慎ましい中流生活にとっては、不均衡なのは云うまでもない。そしてこの家庭生活は全く、母親の多少の貯蓄と坂田が月々母親に渡す金と、母親自身の人柄、それだけに依存していた。彼女は無口なおっとりとした肥満した老人で、何か悟りすましたようなところがあって、坂田に対して干渉がましい口を利かず、内心では、坂田の貨殖
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