てなお、自棄《やけ》気味の放蕩から会社も止めなければならなくなり、家には細君の産後の病気もあり、切端つまって、坂田に相談をもちかけてきた時、坂田はそれを引受けてやった。そして負債全部をすまして、今後相場などには手を出さないという条件で、一万七千円の小切手を書いて渡した。中津は今後のことを誓った。そして心から感謝して、それを妹の敏子へも打明けた。敏子は顔色をかえた。彼女はその頃、生活の苦しい余りに、自ら進んで、或るデパートに勤めていた。ところが、ふとしたことから、そのデパートの朋輩の一人を、坂田が誘惑して弄んだことを知っていた。甘言で誘って、どこかに連れこんで手籠めにしたとか、其の後問題になりかかったのを、デパートの支配人に手を廻してうやむやに葬ったとか、事の真相は茲に明かすべき限りでないが、とにかく金銭を以て非道を行ったとの話である。その上、敏子と坂田との間にも何か感情上のもつれがあったらしく、後になって想像される。要するに敏子はひどく憤慨した。デパートにまで出勤している自分の立場を説き、兄を責め、坂田を罵り、坂田の小切手を引裂いてしまったのである。中津は意外の結果に呆然とした。そして
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