…あの、あれからもまた、お願いにまいったことがありますの。」
 坂田は返事をしなかった。暫くたって、呼鈴に手をふれて、女中をよんで珈琲を命じた。
 それは何だか、話をぶち切る相図のようなものだった。敏子は黙って、かたくなっていた。その眼はうるんでいた。
 坂田は珈琲をすすって、室の中を歩きだした。腹を立ててる様子だった。考えこんでる様子でもあった。やがて、その眼が異様に輝いてきた。彼は屑籠のところにいって、その中をかき廻して、引裂いた敏子の手紙を取出してきた。
「これは、今日あなたから来た速達の手紙です。この通り引裂いて捨てました。あなたが私の……あれを引裂かれたのと、丁度帳消しです。これで、私達は対等に御話が出来るわけです。」
 敏子は顔色をかえ、唇をかみしめて、坂田を見つめていた。坂田は紙片をまるめてまた屑籠に放りこみ、椅子に腰を下した。
「そこで……何の御用ですか。」
 おかしなことには、それまで、敏子の方でも坂田の方でも、まるで用件を忘れてたかのような風だった。だが、それより先に、引裂く云々の一件を説明しておこう。――中津が方々の負債にせめられて、どうにもならなくなった時、そし
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