て真剣に、じっと坂田の顔を見ながら、ずけずけと而も整然と云い進んだ。が坂田は眼をそらして、何か他のことを考えこんでる様子だった。
 坂田はふいに顔をあげて、敏子を眺めた。が然し、まだ遠い視線だった。
「中津君は、なぜ相場なんかに手を出したんですか。」
 ぼんやりした調子だったので、それが却って敏子の胸によくはいったらしく、彼女は曖昧な微笑の影を浮べて答えた。
「やっぱり……お金がほしかったのでしょう。」
「そんなに必要だったんですか。」
「どうですか、あたしには分りませんけど……。」
「そんなに必要だったのなら、なぜ損ばかりしたんです。」
 敏子は返事をしないで、ほんとに微笑んでしまった。
「あんなに貧乏するって法はありません。穏かに暮していけたのに、わざわざ貧乏するということがありますか。母親や……妹がある以上は、そして、結婚までした以上は、子供まで拵えた以上は……じっとしておればいいんです。それを、あんな風に、何もかもめちゃくちゃにして、犬のような眼付をしてうろつきまわって、人につきまとって……。」
 坂田はふいに口を噤んだ。敏子は急に頬をこわばらせ、眼を大きく見開いた。
「では…
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