じゃないか。今日はいらないのかい。もう僕は酒はのめない。これは残りのおつりだよ。」
 中津はふらふらしながら、黙って金を受取った。
 中津をそこに置いて、坂田はさっさと歩きだした。「犬のような眼をして、どこまでもついて来やがる。」そう口の中で云って、それから何度かまた繰返したが、ふしぎに、頬に一筋涙を流していた……。
 それらのことも、すっかり酔っていた彼等二人にとっては、濃霧の中での出来事に過ぎなかったかも知れないが、然し、敏子に対する坂田の言葉は、あまりに白々しすぎるものだった。
「仰言ってることは嘘です。」と敏子は云った。「兄はもう救われなくなってるのかも知れません。毎晩のようにお酒に酔って帰ってきます。それに、あれですっかり整理がついたと思っていましたが、まだいくらか残っていたようですし、なおちょいちょい相場にも手を出して、新たな借金もこさえたようですの。そしてこの頃では、蠣殼町へんをうろついて合百とかいうようなものをやってる様子ですの。なんでも、二三円あれば出来るものとかききましたが……そして、そんなことをするのは、乞食も同様だそうですけれど……。」
 彼女は真赤になってそし
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