のある上衣をつけ、裾のすりきれたズボンをはき、顔も肉がおちて、胃病でも患ってるらしい色艶だった。坂田がはいっていくと、ぎょっとしたような様子で、それから慌てて立上ってお時儀をした。そして二人で飲みだしたのだが、中津はしきりに、そういう家に寄った理由を説明しだした。弁解のための説明らしかった。この頃酒とは縁遠くなっていたが、友人たちとの或る会合のあとで、久しぶりに来てみたのだとか、或る相談事のためにここで人と落合うことになったのだとか、要するに下らないことで、而も、禁酒を誓った相手にでも云うような調子だった。それから話は一転して、一般の景気のこと、就職難のこと、米穀の価格のこと、米穀統制法のことなどに及んだ。坂田はぼんやり耳をかしてるだけだった。坂田が立上ると、中津も同じく立上ってついてきた。二人はまたとあるバーにはいり、洋酒をのみ、次には鮨屋にはいった。中津は次第に精力的になっていた。政府の施設は悉く民衆を看板にしながら悉く民衆を裏切ってるとも云った。僕もこれから発奮して民衆のために戦ってやるとも云った。或る金持の道楽息子が殊に目をつけて、結婚したいとまで云ってるが、出過ぎたことをした
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