働き出せるだろう。その上、自分を理解してくれる先輩や友人も、先生や「おやじ」の息子など、幾人かある。今のアパートのお上さんも、自分に大変親切にしてくれる。これで心丈夫だし、しっかりやっていこう。云々。
「先生、どう思いますか。」
軽く応答していた吉村は、いきなり尋ねかけられて、李の真剣な眼を見返した。
「そして、君は一体、今後どんな方面に進むつもりかね。まさか、文学をやるつもりじゃあるまいし。」
「そんなつもりはありません。同じように、勤め人になるつもりもありません。だから、弱ってるんですが、自然にどうにかなるでしょう。その時はまた御相談します。」
それが妙に淋しく響いたので、吉村は無言のまま、空を仰いだ。丁度広い坂の降りぐちで、暮れかけた東の空に、半ば欠けた月がほんのりと浮いていた。
吉村は俄にしみじみとした愛情がわいて来るのを覚えた。
「フグを食いにゆこうよ。それから、あのおやじの飲み屋に寄るとしようか。」
李が何か返事をしたようだったが、それより早く、吉村は通りかかりの空自動車を認めてそれを呼びとめた。
底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字
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