に返したって、どうせ使ってしまうんでしょうから、お礼のつもりで、私に食事をおごらせて下さい。先生の好きなところで、余り高くないところなら、どこでもよいんです。」
 吉村はもう李の本心を信じかねるような気持になっていたが、李があまりむきになって誘うので、散歩のつもりで外出した。
 歩きながら、李はこんなことを云った。――あの三十円は、実は、例の「おやじ」の息子が、「おやじ」の新旧の飲み代に困ってるので、貸してやった。然し、考えてみると、ああいう思想は、金がかかって、貧乏人には困る。それかと云って、実践の裏打のない単なる抽象的な思想は、何等の価値もない。金のかからない実践可能な思想が必要なのだが、それが、見出せないのが悩みだ。そういうことから、いろいろ考えた末、自分自身の方も、もう大学部に五年間もいるんだから、今年きりで卒業してやろうかと思っている。学校にいる方が、いろいろ便利ではある。第一、先生にしたところが、自分が大学生だから三十円貸してくれたんで、学校を出てぶらぶら遊んでいたのでは、とても信用してくれなかったろう。然し、学校を出ても、伯父から多少の補助は受けられるし、自分でもいくらか
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