るのに、日本文や諺文や漢文にそれらの記号が少いのは、どういうわけだろうかとの疑問にとび、矢杉の知人で、創作もやれば翻訳もやってる吉村なんか、文字の誤植よりも句読点の誤植の方がよほど気になると平素云っていることなどが、もちだされた。そして吉村の意見でも聞いてみないかというようなことから、矢杉は相手の学生の名前の李永泰というのを知り、また更にその顔を眺めたのだった。
李永泰という名前は、矢杉の記憶の中にあった。数ヶ月前、植民政策についての学年末の試験の答案を見ているうち、注意を惹かれた一葉が、李永泰のそれだったのである。一体、学生の答案のうち、短くて汚いのは拙劣で、長くて綺麗なのは優良であって、而も不思議に、短いのは汚く、長いのは綺麗である。然るに李永泰のは珍らしく短くて綺麗であった。手蹟が立派なのは、半島出身者として諾けるが、句読点を整然とつけた文章で而も要点だけが簡明に書かれていた。その美事な手蹟と明晰な文体とに接して、矢杉はちょっと、答案調べの憂鬱さから救われた気がした。そして学校の教務課へ点数を報告する折、懇意な事務員と顔を合したので、別に何ということなく、李永泰の全般の成績を聞
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