っぱり断わった。
「お祭りの夜は、家でお酒でも飲んでるのが、いちばん楽しいわね。こんなこと、わたし初めて知った。」
「酔っぱらって、山車にのっかって踊るのは、どうですか。」
「そんなのは、若いうちのことよ。」
彼女の眼がともすると、深い陰を湛えそうになるのへ、私は気がひかれがちだった。
樽神輿がまたかつぎ出されてるらしく、波のような人声がきこえてきた。それが消えると、遠い太鼓の音が続いたり絶えたりする。風が少し出てきたらしい。
お留さんが帰ってきて、甘栗の袋をあけながら言う。
「なんだか、降りそうですよ。」
「どうだったの。」と政代は尋ねた。
「あ、あれですか。丁度よいところで、半吉ですよ。」
「半吉……あたったわねえ。」
政代は私の顔を見て笑った。
「奥さんが大吉で、わたくしが半吉、よくしたものですよ。これがあべこべだったら、困りますからねえ。気違いのキチにしたところで、そうでございましょう。」
彼女が半キチだとしても、奥さんの方は大キチだと、お留さんは笑いながら話すのである。――ある時、外のお風呂に行って、帰りに、吾妻下駄の鼻緒をぷつりと踏み切った。それをハンカチで結えて
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