とそう長い識り合いではない。
 終戦後、北京から帰国してきた私は、孤独な自分を見出した。心頼りにしていた姉一家は、戦災に全滅したようだし、他には力になってくれる身内もなく、自分は引揚者の例として、僅かな荷物以外に何の財産もなかった。一時は途方にくれたが、丁度この町に、やはり北京からの引揚者の沖本がいて、数人の仲間を集め、ささやかな建築社を拵えていたので、そこを訪れてみると、よく来てくれたというわけで、否応なく仲間に入れられてしまった。次には住宅に困った。事務所はほんの間に合わせのバラックで、とても寝泊りできるものではない。沖本はふと思いついたように、まあ用心棒にでも住込むか、と言って笑った。田岡政代とお留さんとが二人きりで、旦那の八杉はめったに来ず、無用心だというようなことを、小耳にはさんでいた。早速当ってみてくれた。返事は案外で、室の都合などは問題でなく、ただ、女ばかりだから却って、男のひとは……というわけ。逆に警戒されたのだ。それにも拘らず、彼女たちの口利きで、裏口がすぐ隣り合わせになってる谷口家の、六畳の室を世話してくれた。母屋と仕切られてちょっと出張ってる室だが、物置を改造した
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