朗かに笑った。――君たちは葷酒山門ニ入ルヲ許サズということを、知っているか。葷酒が山門にはいったら、すべて汚れてしまう。だが、山門の外でなら、酒を飲もうと、不浄を味わうと、堕落にはならない。そうした理屈だ。君たちも、山門の貞操観があったら、男を山門の中に立ち入らせてはいけない。
 猥談めいたことだが、それを彼女の言葉に飜訳すれば、猥談とはならない。
「ねえ、あんたとは、いつまでも、清くしていたいの。」
 芸者あがりの彼女に、いつから、そんな信念が出来たのであろうか。或はそれも、私に対してだけのことだったのであろうか。とにかく私は、そのばかげた山門の壁に頭をぶっつけた。そして山門外で、私も彼女も、如何に恥知らずの快楽に耽ったことか。彼女は私を弄び、私も彼女を弄んだ。それでも、彼女に言わせれば、清い交りだった。
 私は布団の上に坐って、やたらに煙草をふかした。腹の底から湧いてくる憤怒と肉にきざみこまれてる愛着とが、一緒によれ合って燃え上ってくる。もし彼女がそこにいたら、私は彼女に飛びかかって、どんなことをしたか自分でも分らない。
 だが立ち上ると頭がふらつき、足もふらついていた。まだ酔って
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