なったり弱くなったりしている。その変化が、気持ちのせいばかりでもなさそうで、耳にはっきり聞き取れるのだ。
「へんね、東京に帰るのが、何だか怖いような気がしたりして……。」
 政代は私の顔をじっと見た。
 それはまだずっと先のことだと、私は思っていた。――東京の或る家のお上さんが、身体がわるくなったから、政代に来てくれないか、お留さんも一緒にと、それだけの話なのだ。裏口営業の料亭か何かであろう。八杉の口利きもあるらしかった。
「早く来てくれというんですか。」
「いつでもいいってことになってるんだけど。」
 彼女は銚子に酒を満たして、銅壺につきこんだ。
「河野さんは、不賛成だったわね。わたしも不賛成よ。」
 そうなると、なんだか訳が分らないのだ。――彼女が東京に帰ったがよいかどうか、私には猶更分らない。
「河野さんは、いつか、東京に出るんでしょう。」
「そんなことは、分りませんよ。ここだって東京だって、まあ同じようなものだし……。」
「そう同じね。」
 彼女は煙草をふかしかけたが、ふとそれをやめて、眼に深々と陰を宿した。表面は薄いかげりで、底にゆくほど濃くなり、そこにはもう外界の何も映らず
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