ぐそこの竹垣の木戸をあけると、政代の家の勝手口で、風呂場をまわってゆけば、縁側に出る。もとは或る呉服商の隠居所だったとかで、石や植込の多い庭にだかれてるしゃれた平家だ。
政代は薄化粧して、炬燵にあたっていた。梅の大模様を散らした炬燵布団に、手先だけをちょっと差入れて、くりこしの深い着物に更に肩すべりに羽織をひっかけ、洋髪の襟足をすっきりと見せて、片膝くずしに坐ってる彼女は、奥さんともつかず、お妾さんともつかず、お上さんともつかない中途半端な感じだった。長火鉢にはお燗の湯が沸いており、食卓には魚類を主にした料理の皿が幾つか並んでいた。
「今日は、つまらないことになったの。東京から、友だちが二人、お祭りを見に来ることになってたのに、急に来られなくなったと、電報なんかよこすでしょう。待ちぼうけさせられちゃった。」
「僕がその代理の役ですか。」
「不服なの。二人とも相当にいけるたちだから、たくさんあがってもいいわ。あら、もういくらかはいってるんでしょう。」
私は炬燵にはいって、杯を受けた。遠慮はもうなかったのだ。姉というか、若い叔母というか、それに近い気持になじんでいたのである。
「一人で、お詣りしてきたわ。これ、ごらんなさい。ためしに、おみくじをひいてみたら、大吉なのよ。」
帯の間から彼女は紙片を取り出した。大吉の説明のむずかしい文句と文字から、私がふと眼を挙げると、庭の夕闇を眺めていたらしい彼女の視線が、僅かばかり揺らぎ動いて、私の方へ向いてきた。その眼に、深い陰がいつもより一層深々と宿っている。私は、自分の方が虚を衝かれた思いで、黙って紙片を彼女に返した。
「お留さんて、まけない気で、わたしも大吉を引いてくると、出かけていったんですが、何があたるかしら。」
「まあ半吉というところでしょうね。」
彼女は立ち上って、電燈をつけ、勝手元から台布巾を持って来た。――その立姿は、あまり立派でなかった。背が低い、というよりは足が短いので、腰から上と下との均合がとれていない感じなのだ。芸者でお座敷着の裾でも引いておれば、それもごまかせるだろうが、どういうものか、彼女はいつも裾短かに着物をつけていて、臀から下が寸のつまったずん胴をなしている。それが私には嫌だった。私にあんなに親切にしてくれる、姉か、叔母なら、すらりとした背恰好であることが望ましいである。
それでも、私は彼女
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