話しつくし、その他に何を彼女に話すことがあろう。それよりも、今、私がその事務を取扱っている仕事、製材のことや建築のことなら、いろいろな話もあるが、そういう話には彼女は興味も関心も持たないらしい。
「北京の女のひとは綺麗だそうですね。どんな風に綺麗なんでしょう。」
どんな風にと、その説明はつけにくい。
「傾国の美人てのも、いるそうですね。」
「傾国の美人……。」
繰り返して、杯を挙げるより外はない。ぐっと飲み干すと、それに誘われたように、遠い太鼓の音が耳に伝わってくる。屋台の踊りなどまだ続けられているらしい。
三月とはいえ、まだ大気は冷々しているのに、町では祭礼なのだ。神社のお祭りでもあり、復興のお祭りでもあり、敗戦のお祭りでもあるらしい。軒に提灯を出してる家はちらりほらりだが、桃や藤の造花は殆んど軒並にさげられている。神社の裏庭には、小さなサーカスの一団がジンタの囃を響かせており、大通りには、樽御輿がかつぎまわされ、お稚児姿の子供達がその後に続く。四辻や広場には、高い屋台が組み立てられて、演芸会が催され、音頭踊りがなされる。然しその全体の雰囲気はへんにちぐはぐで、気勢が揚がらず、裏町が目立って淋しい。橋のたもとで、浮浪児めいた子供が四五人、飴をしゃぶりながらメンコを闘わせているのを、赤い鉢巻をした祭礼着の子供達が、指をくわえて眺めていた。夕陽の流れてる上空には鳶がたくさん舞っていた。――私は町を少しぶらついて、それからカストリをひっかけて、家に帰り、※[#「魚+昜」、360−24]に焼酎でがまんしながら、毛布の中に寝そべって書物を読んだ。
裏口の戸がいきなり開いて、お留さんが顔を出した。
「うちでしたか。丁度よかった。奥さんが、遊びにいらっしゃいと言っていますよ。お酒も御馳走もありますよ。お祭りだというのに、河野さん、勉強ですか。いらっしゃいよ。すぐにね。」
言うだけ言っておいて、返事もきかずに、お留さんは帰っていった。――いつも、たいていそうなんだ。私に対してだけかも分らないが、あまり返事など聞こうとしない。田岡政代の家で働いてる四十歳余りの女で、政代のことを奥さんと呼び、政代は彼女を、お留さんと呼んでいるが、二人がどういう関係か私は知らない。
私は煙草を吸い、焼酎をのみ、帯をしめなおし、そんなことで時間を少しつぶして、出かけていった。裏口から出て、す
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