と※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]いてるような恰好をしてつっ伏しに男が一人横たわっていた。
 それが父だった。私が駆けつけた時には、お新がわっと父の上に泣き伏していた。
 一発を足先に、一発を脇腹に、父は二発のピストルの弾丸を受けて、血に染っていた。
 父はもう意識を回復しなかった。医者が来た時は死んでいた。

 事件は当時、「戸崎町の殺人」として新聞に詳しく報道された。
 犯人はすぐにつかまった。頭字入りのソフト帽が現場に残っていたのと、お清やお新や母の証言があった。そして犯人の陳述は有利だった。お清を殺すつもりでつけ廻していたが、あの晩ふいに後ろから飛びつかれたので、逃げるためにピストルを放って、一つは足を狙い一つは腕を狙ったのである……。それに反対の立証は成されなかった。それでも後に、彼は七年の刑に処せられた。
 私は当時新聞紙にのってる彼の写真を見て驚いた。目鼻立の整ったやさしそうな青年で、人殺しをしそうな顔ではなかった。
 それから父は、盗賊を捕えようとして殺された勇敢な老人と報道された。砲兵工廠に長年勤続した模範職工とも書かれていた。お清と父との間柄は何一つ発
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