が逢いに行くのを禁ずるなどと、そんな道理があるわけはなかった。――今でも私は、啓次やお新にこの点で怨みを含んでいる。世の中に対して怨みを含んでいる。
 そこで私は子供心の反抗心から、不意にお新のカフェーへ押しかけてやろうと思ったのである。山本屋へ行ったってつまらないが、カフェーは華かな別世界のような気がした。それも一二度連れてって貰ったことのある、硝子に紙のはってあるバーや外部から見通しの呉服屋の食堂と違って、お新の出てる神田のバーは、二階がレストーランになってるごくハイカラな大きなものだった。私は一度、その前をひそかにうろついて、どうしても中にはいれなかったことがあった。
 お清がそこへ出てることは何よりの幸だった。私は彼女に連れていって貰おうときめた。
 で或る時私はお清へそのことを頼んでみた。
 お清は不思議そうに私の顔を見た。
「姉さんも行ってるじゃないの。どうして姉さんに連れてって貰わないの。」
 私は説明するのに顔が真赤になった。詳しくはなかなか云えなかったし簡単には猶更云えなかった。もし相手が寺田さんだったら、胸の欝憤や疑問をそっくりさらけ出したかも知れないが、お清へは何
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