は男を捨ててカフェーにはいった。そして間もなくふしだらに身を持ちくずした。その頃から、前の男が執念深くつき纒ってきた。それをお清は逃げ廻っていた。――その男というのが、父が問題にした男である。
私は眼が覚めたのを床の中にじっと我慢していたので、ひどく窮屈で息苦しかったし、また隣室の話が低くなったので、ごく大体のことしか聞き取れなかったが、父はむやみとこまかくこまかくつっ込んで尋ねているらしかった。それがしまいには、わきから聞いてると不思議なほど執拗くなっていった。お清と男との間柄ばかりでなく、お清の周囲のことから日常の振舞まで、根掘り葉掘り問い訊していた。私には誰の顔も見えなかったが、その時の父の眼付は、いつぞや学校の帰りに出逢ったあの男の眼付と同じようだろうと、そんな風に思われるのだった。
姉はとうとう腹を立てたらしかった。
「どうするの、そんなことまで聞いて。あたしはお清ちゃんの番人じゃないよ。」
暫く話声が途切れると、父は云い訳でもするように口籠っていた。
「なあに……よく聞いておかなくっちゃあ、安心がならねえからな。……すると、じゃあ何だね……。」
そしてまた父は訊問を
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