っついていって長く離れなかった。その方へまた私は、見まいとしてもじりじり気が惹きつけられていった。父が眼をつぶって顔を外らすと、私はほっと息がつけた。がそれでもやはり、父の心全体がお清の方にねじ向いてるのが感じられた。
お清は勿論父の眼付を感づいてるに違いなかった。上気してたような顔が次第に蒼白くなってゆき、あどけない笑いが消え、額のあたりが冷たそうになっていった。そしてしまいには反抗的な態度に出た。爪の色がどうだとか云ってしきりに指先を弄んだ。その手をだらりと炬燵の上に投げ出した。膝を崩してしどけない坐り方をした。わりに毛深くて困ると云って、実は毛の少いまるっこい二つの腕をまくってみせた。彼女の皮膚は非常に毛穴が小さく肉のぼってりした感じで、見ようによってはいくらか不気味だった。
それらのものを一々、父の執拗な眼付が吸い取っていった。
お清は時々かすかに身震いをして唇を噛んだ。今にも彼女が喚き出しはすまいかと思って、私はびくびくしていた。
その時、話はだんだん内証事に落ちていって、母はお清がつけ廻されてる男のことを持ち出した。その男を刑事と間違えて酒のことで心配したなどと云った。
「どうしてあんなに執念深いんでしょう、嫌になっちまうわ。」とお清はぼんやり云っていた。「だけど、あの男ばかりじゃないわ。あたし毎晩泥棒につけられてるような気がするのよ。夜中に家のまわりによく足音がして、おちおち眠られもしないことがあってよ。」
「それもやはりあの人じゃないかしら。」とお新が云った。
「そんなことないでしょう。……あたし何だか気味が悪いから、近いうちに引越そうかと思ってるの。」
それから話は家賃や室代のことになった。
その、お清が殆んどでたらめに云ったことが、強く父の注意を惹いたらしかった。父はぎくりと頭をもたげて、正面にお清を見つめ初めた。皆がその場に居合してることを忘れたかのようだった。お清は少し身を引いてもじもじしだした。混血児風の顔が石の彫刻のように見えた。そして、話半ばに突然帰っていった。
母と姉とは、彼女から貰った立派な果物を持出して、いろいろ品評し感心し合った。
お清に対する父の凝視には誰も気付かないらしかった。五十を越した失職職工がお清に夢中になろうとは、思いも寄らぬことだったに違いない。
然し私は父を責めたくはない。当時私はただ恐怖と不安
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