は急速に真鍮の手摺りまで持ってゆかれて大怪我をするか、とにかく無事にはすみそうにありませんでした。リンクの中を燕のように飛んだり舞ったりしてる人々の弧線の中に、彼女は呆然として、両手をついてしまいました。その最初の、危い足で突っ立ってた時の状態、それを彼女は檜山さんにあてはめてみたのでした。酔ったはずみに、二人きりの時、そのことを話してみましたら、檜山さんは急に真顔になって、考えこんでしまいました。普通なら、生意気言うなと怒られるか、豪いことを言うぞと笑われるか、どうせ碌なことにはならないのに、聊か調子違いの結果になってしまったと、菊千代はあとで思いました。
 戦争がすんで花柳界が復活してから、熱海の移転先から戻って来て、我儘なお座敷勤めをしている菊千代から見れば、客筋はたいてい、口先ではいろんなことを言いながらも、戦争のことなどはけろりと忘れてしまってる、心身ともに肥え太った人たちのようでした。彼女が五年間世話になっていた梶さんの、一番親しい仲間の一人だった永井さんまでが、やはりそのようでした。いくら酒席の冗談にしても、あまりにひどすぎることを、彼は平気で言ってのけました。
「ねえ、
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