もんね。」
「いよいよの時は、君を足がかりにするからね。」
 菊千代は頭を振りました。
「それは、無理よ。」
「いや、そんな意味じゃない。ただ足がかりだけだ。」
 菊千代はじっと檜山を見て、顔を伏せました。
「あたしも、そんなら、いよいよの時には、檜山さんを足がかりにしようかしら。」
「よかろう。約束しよう。」
 そして、二人は握手をしましたが、菊千代は寒そうに肩をすくめ、檜山はまた溜息をつきました。
 足がかりの話が、いつしか、二人の心の繋がりともなっていました。――檜山は荒れてるという友人間の説が、菊千代にはどうもぴったりこず、檜山さんはただ足をしっかり踏みしめることが出来ないでいるのだ、と感じました。菊千代自身、いくらかそういう状態でした。そして彼女は、むかし、朋輩に誘われて、山王下のスケート場に遊びに行った頃のことを思い出しました。おずおずと、手摺につかまったり、友の手につかまったりして、氷の上を歩いているうちは、まだよかったのですが、独り立ちで滑りはじめる段になると、全然見当がつかなくなりました。足だけが軽く、上体がいやに重く、前後左右いずれへか引っくり返って気絶をするか、或
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