色が変るという桜島は、永久に島であれかしと願うのは、私の幼稚な童心の故であろうか。
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東海の小島が磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたわむる
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そう石川啄木は歌った。その情緒はもはや過去のものとなった。その代りに、島の情熱が蘇生してきたのだ。この情熱は、あらゆる感傷を排して、ただ生成の悦びに酔う。無数の島々が大東亜海に新たな生成をなしつつある時代だ。島と島とは海で繋っている方がよろしい。九州も島だが、それと陸続きにならないで、桜島はやはり永久に小島のままであってほしかった。
桜島は雲にかくれてゆく。梅雨期の天候は変りやすい。顧みれば、御鉢火口の反対側は、全く濃霧にとざされている。私は道を急がねばならない。
火口のふちを左手に進むところが、所謂馬の背越である。右側は火口の斜面、左側も殆んど断崖に等しい急斜面、その間の砂礫の道が、馬の背ほどの広さだという謂であろう。
この馬の背越は、大抵風が強い。風は左側の断崖から吹きあげてくる。その風に乗って、ただ一面に濃霧だ。濃霧は馬の背越の頂で、ふっと切れて巻き返している。波のように湧きあがってくる乳色
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