のの声が聞える。草ではなく溪流だが、ひそやかな谿流は眼を向けなければそれと分らない。
然し私は、足を早めなければならなかった。汽車の時間の都合で、余裕がなかったのだ。初め、霧島神社に参拝し、旅館の店先へ引返し、姿を変えてまた登山にかかったので、だいぶ時間を費し、そのため、六時間行程の登山を五時間半以内になさねばならなかった。
急ぐこと約三キロ、鬱蒼たる林の前方が忽然と開けて明るく、その外光のなかに、数本の赤松が空高く亭立している。
それが標識だ。天然林はつきて、低い雑木交りの小松林となる。道は乾燥し、空気も薄くなり澄んでくる。高原の感じだ。この感じは、登るに従って次第に、高原から山の背のそれへと変ってゆく。
ここに、真に高燥な大気がある。高原だけではいけないのだ。代表的高原たる軽井沢や戦場ヶ原や仙石原などに、湿潤な重い大気が漂っているのは地勢の故であろうけれど、那須や北軽井沢や赤倉や富士見なども、その大気は低燥という感をまぬかれず、山の背に至って初めて高燥となる。
高燥な大気の中では、思念も軽く、足も軽い。眼前の中空に聳ゆる峯に引かれて、二キロ半ほど登ったかと思うと、ここに
前へ
次へ
全12ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング