とは笑い出しました。が次には、仕末に余った憂欝な気がしてきました。
「ほんとに田舎の人は、呑気なのか図々しいのか、訳が分りませんね。」と後で妻が私へ云いました。そして私も全くその通りに感じたのです。
 母上
 東京では近隣に対する感情が、田舎とは全く違います。田舎の村では、人々は父祖代々同じ屋敷に住んでいるし、家も家敷も大抵自分の所有であるし、一家族引連れてよそへ移住したりよそからやって来たりする者がなく、誰はどこ彼はどこと、昔から一定不変の安住地を持っていますので、隣近所はまるで親戚同様に懇意です。いえ隣近所ばかりではなく、村全体の人達が、ひいては隣村の人達までが、互に親しい結合をつくっています。けれど東京では、住居の移転が激しかったり、生活が種々雑多であったりするために、隣同士でも全く無関係な他人であることが多いのです。私は今の家に住んでからもう四年になりますが、隣家の主人の顔を見たことはほんの数えるだけしかありません。隣家の人がどういう仕事をしていてどういう暮し方をしているか、そんなことについては何一つ詳しく知る所もありません。大抵みな借家住居ですし、どこからやって来た人か分らな
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