両手とを揃えて端坐していました。こわい真黒な髪の毛を五分刈にし、額の骨立った浅黒い顔を挙げ、仕立おろしの久留米絣を着ていました。その着物の――羽織と着物との――法外に綿をつめ込んだらしい厚ぼったい感じと、その両手の節々の頑丈さとが、変に私の注意を惹きました。
「先生にゃ初めてですが、先生のお母様にゃ何遍も国で……。」
 そんな風に彼は私へ云いました。その先生という言葉が私には擽ったい気がしたのです。というのは、私は法科大学を出るとすぐ会社員になってしまったせいか、先生と人に呼ばれた経験がなかったのです。で今彼に先生と呼ばれて、可笑しな擽ったい気持になりながら、それでもまあ先生然と澄しこんで、一通りの挨拶を初めました。そこへ妻も茶を運んできて一緒になりました。
「ただ行くというだけの電報で、いつ君が来るか分らなかったものですから……。駅でまごつきやしなかったですか。」
「停車場じゃ何でもなかったですが、途中の道が分らんで困りました。東京の町はひどう入り込んどりますね。」
「え、途中の道が分らなかったって……。」
「何遍聞いてもすぐ分らなくなるもんですから、何十遍も聞きました。」
「あなた
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