「然しいきなり出てくる所をみると、」と私は答えました、「もうちゃんといろんなこともきまっていて、僕の所へはただ挨拶だけのつもりかも知れないよ。それにしても電報を寄来すのは少し変だが……。」
 でも兎に角、愈々出て来るというなら、来た上で何とかなるだろう、とそう思って、待つとはなしに待っていました。
 なか一日おいて、翌々日の午頃、会社へ電話がかかって来ました。出入の商人の家のをかりて、女中がかけたのです。平田さんと仰言る方が見えましたから、奥様から……というそれだけのことでした。それでも私は何だか気になるものですから、早めに会社から家へ帰ってきました。
 母上
 私は小い時郷里を離れて、夏の休暇以外は他郷で暮してきましたし、学校を出てからは滅多に帰省することもなかったものですから、故郷の村人達へ余り親しみを持ってはおりません。まして、隣村に平田という姓の人がいたかどうかも知りませんし、平田伍三郎とは全く初対面の他人だったのです。その平田伍三郎が、ふいに私の家へやって来て、朝の十時頃から午後三時すぎまで、座敷の中にきちんと坐り通していたのです。少くとも私が座敷にはいっていった時は、両膝と
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