ますまい。そしてただ、私が平田の母親や伯父へ口先で伝え得なかったこと、表面に現われていない重大なこと、それをあなたへお話しようと思います。
 母上
 二月の初めの寒い晩でした。「ヒラタユクタノム」という電報が不意に私の所へ舞い込んできました。勿論不意にと云っても、それは私の方だけのことかも知れません。前にあなたからと平田の伯父からと、二つの手紙が来ていましたから。けれども、あなたのお手紙には、隣村の平田という人が東京へ行くとかいうので、その伯父さんが来てよろしく頼むという話だった、とただそれだけのことでしたし、平田の伯父の手紙には、伍三郎が近いうち東京へ勉強に出るから、隣村のよしみで万事御指導をお願いしたい、という簡単な文句だけだったものですから、私はただ一通り挨拶の返事を出したきりでした。それから二週間もたった後、行くから頼むという電報なものですから、全く意外な気がしたのです。一体東京へ出て来て、何を勉強するのか、どの学校にはいるのか、下宿はどうするのか、いつ東京へ着くのか、何もかもさっぱり見当がつかないで、私はただ電報を眺めていました。
「随分呑気な人ですわね。」と妻が云います。

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