多量です。所が東京では、毎日各種の商人が用を聞きに来まして、その日の、重に晩の一度分の少量な食物を届けます。大根一本、牛蒡一本、里芋二三合、蕪半束、魚の切身二つ三つ、肉何匁、といった風な工合です。ですから、台所に大根が半分と馬鈴薯が四つ五つ転ってたり、竹皮包みの魚の切身が置いてあったりするのを見ると、田舎の人はままごとのような世帯だと思うに違いありません。考えてみると、不思議なほど貧弱な台所です。田舎では大饑饉の折にしか見られないことです。一日商人が来なければ、一家中一日饑えなければなりません。而も、そういう貧弱な台所の煮物と、狭苦しい住居の掃除とに、主婦や女中は一日の大部分を費しているのです。
平田伍三郎の話を聞いて、私の頭には、田舎の豊富な生活と東京の貧しい生活とが、はっきり映ってきました。そして私は、急に何だか頼りない気がしてきました。笑いごとではありませんでした。東京育ちの妻へいろいろ話してきかせますと、妻も淋しい眼付で考え込みました。
何だか話が理屈っぽく淋しくなってきましたから、このことはこれきりにして、先を続けてゆきましょう。
母上
前に申しましたようなわけで、平
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