田伍三郎は長く私の家にいることは出来ませんでした。十日ばかりたって国許から布団が届きますと、自分から下宿を探しに出歩きました。そして小石川の戸崎町に一軒見付けました。他に二三人下宿人はいるが、主人夫婦きりの素人下宿で、下宿料も大変安いのです。で彼はそれにきめて、私達が無理にすすめるものですから、自分も行李と一緒に俥に乗って、先の俥に布団とバスケットとをのせて、引越してゆきました。
「行ってきます。」と旅にでも出るような挨拶をしてゆきました。
彼がいなくなると、家の中が一寸淋しい気もしましたが、然しやはり家の者だけの方が落付けました。それに彼は初めのうち、一週間に一度くらいはやって来ました。子供達が一番彼を喜び迎えました。彼は余り話もせず、にこにこしながら子供達相手に遊んで、半日や一晩を過してゆきました。そしていつしか彼は私共にとっては、屡々遊びに来る親しい客に過ぎなくなりました。その上私は毎日会社に勤めてるものですから、彼が来ても不在のことが多かったりして、ゆっくり話をする折がありませんでした。
母上
そういう風にして、二月三月四月とたって、五月半ばの或る暖い晩のことでした。彼は
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