などは、いくら傘を上手《じょうず》にさしても、歩き続けようものなら、膝から下はずぶ濡れになってしまいます。家にいる時には風がないような気がしていても、一足街路に踏み出すと、全く横から雨や雪が降っています。
「国ではそんなことはありません。雨やら雪は真直に降るときまっとります。」
そう云って平田伍三郎は、大発見でもしたようににこにこしていました。そしてその発見を楽しむかのように、雨や雪の中も平気で歩いて戻ってきて、女中を困らしたものです。彼の着物は前に申しました通り、馬鹿に沢山綿がはいってるものですから、ぐっしょり濡れてる膝から下を乾かすのに、女中はいつも眉をひそめたのです。
「自分でも寒いでしょうにね。」と妻は私に云いました。
それは寒いに違いありません。ただでさえ身を切るような北風に、雨や雪が交っていては、普通の者は到底我慢しきれるものではありません。が平田伍三郎は平気でした。耳朶のはじは凍傷で赤くふくらみ、鼻の頭は真赤になっても、更に徒歩主義を捨てませんでした。それも金がなくて電車に乗れないのなら別ですが、彼はそれくらいの金は充分持っていましたし、或時なんかは、十四円もする舶来
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