のか、一言の抗弁も質問もしないで、注意深く耳を傾けていました。
「だから、君がいくら窓の外に植木を並べたって、生活の気持が変らない以上は、とてもうまくゆくものじゃないよ。」
「そうでしょうか。」と彼は平然として最後に答えました。
「だがまあやってみるさ。」と私は云いました。「僕の云うのが本当か、君の庭が成功するか、一つ賭をしてみようじゃないか。」
「ええ。」と彼は曖昧な返事をして、善良な薄ら笑いを洩しました。
 でその話はそのままになって、彼は孟宗竹の大きな鉢植を大事そうに抱えて帰りました。
 それから、私は彼の顔を見る毎に、「君の庭はどうだい、」と冗談に尋ねるのが、殆んど口癖のようになりました。彼は何とも答えませんでしたが、妙に陰鬱な影を眉間に漂わせました。
 それに早くも気がついて、妻は或る時私に云いました。
「あんまり変なことを仰言ると可哀そうですわ。屹度一人っきりで淋しいんですよ。」
「なあに若い者は大丈夫だ。」と私は答えました。「みててごらん、今に東京が好きでたまらなくなるから。」
 そして私は平気でいました。彼も別に何とも云い出しませんでした。がただ一度、何かの話のついでに、憤慨めいたことを妻に洩したそうです。
「先生は故郷を忘れていらっしゃるんです。故郷をちっとも愛していらっしゃらないんです。その証拠には……。」そこで彼は長く考え込んだそうです。「私は初め、先生くらいになられると、国の者が大勢出入りしとるに違いないと思っておりました。所が来てみると、私がお家にいた間中、それから後も時々上る折に、国の者の来たためしがありません。どうも不思議です。先生が故郷を愛していらっしゃらないからです。」
 それを聞いて私は、不平を云ってるなと面白く思っただけで、気にもとめませんでした。故郷に対する私の感情は前に申した通りです。
 母上
 これは前と関係のないことですが、ついでにお話しておきましょう。
 私の家にアイスクリームを拵える簡便な器械がありました。牛乳と卵と砂糖と氷とを入れて、その蓋の上の柄を廻すんです。然し三十分近くも廻していなければなりませんので、女達は却って厄介に思っていました。所が六月の或る蒸し暑い日に、平田伍三郎がやって来た時、妻はその器械のことを思いついて、彼にアイスクリームを拵えさしたそうです。
 それからというものは、彼は私の家に来る毎に、必
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