尋ねました。
「先生も屹度お笑いなさるでしょう。下宿のお上さんも笑っておりましたから……。」そして彼はやはり一人でにこにこしています。
「僕は笑やしないよ。……一体どこに据えるんだい、そんな大きなものを。」
「窓の外に置くんです。」
「窓の外だって……。」
 その時彼は不意に大きな声を立てました。
「先生を喫驚さしてあげましょうか。」
「え、何だい、不意に。」
「でも……。」と彼は声を落して一寸考え込みました。「先生は一度も私の下宿に来て下さらないから駄目です。」
「なに、行くよ、面白いことがあるんなら。」
 彼は暫くじっと私の顔を見ていましたが、さも大事な秘密でも話すような風に云い出しました。
「私は自分の窓の外に、大きな庭を拵らえておるんです。」
「庭だって……。だが君の室は、二階だっていうじゃないか。」
「ええ二階です。でも窓の外に……窓と云ってよいんですかどうか……あのお家の三畳のように、下の方が少し壁になっておって、上はずっと鴨居のところまで、そして室一杯の広さに、四枚障子がはまっておる、広い大きな窓ですが、その窓の外に、物を置くところが、小さな縁側のように張出してあって、低い手摺がついております。そこに私は、庭を拵らえております。出るたんびに植木の鉢植を買ってきて、一杯並ぶだけ並べるつもりです。もう大抵一並びは並んでおります。ただみんな木ばかりで、竹籔がほしいと思っとりますと、今晩あの孟宗竹が見付かりました。あれを据えると丁度よくなります。」
「ふーむ。」
 私はぼんやり彼の顔を眺めていましたが、そのどこか遅鈍そうな而も澄みきった眼を見ると、彼の気持がだいぶはっきり分ってきました。
「そんなら君、郊外散歩に行くとか、郊外に下宿を探すとかしたらいいじゃないか、鉢植……盆栽なんていうものは、自然を奪われた人間が自然を求めて考え出した一種の芸術なんで……君なんかがそんな風に、やたらに窓の外に植木を並べたってうまくゆくかなあ。」
「いけませんかしら。」と彼は従順に答えました。「だって先生、郊外に行ってもつまりませんよ。桜と埃と、大勢人が騒いでおるばかりですから。田舎ですと今頃は、森や野原から一度に青い芽が出だして、そりゃあ気持よいんです。そんなことを考えて、下宿の室に寝転んどりますと、箱の中につめこまれたような気がします。空気が暖くなってもやもやするばかりで、何
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