角刈の職人体の若い男が二人居た。一人は紺絣の着物をき、一人は浴衣をきていた。紺絣の男が浴衣の男の耳に囁いた。私は彼等の後に押しつけられていたのでその声が聞き取れた、「おい手がついたぞ」浴衣の男は紺絣の方を見返した。二人は何やら眼で相図をした。すると彼等は急に人込みを押し分けて逃げ初めた。その時私は、一人の浴衣の背中に銅貨大の赤い印《しるし》がついているのを認めた。二人が逃げ出すと、一人の書生体を装った男がその後を追い初めた。その三人のために、そして恐らくまた他の者のために、群集はかき乱され初めた。非常な混乱を来した。それに乗じて巡査と兵士とが正面から圧迫して来た。群集は一瞬のうちに四散してしまった。
私は電車通りを広小路の方へ歩いて行った。通りは次第に薄暗くなった。線路の真中を提灯をつけて走って行く男があった。並木の影や横町の角に、黙々として佇んでる群があった。それらの人々の顔も、須田町のより、また万世橋のたもとのより、次第に荒っぽく且つ沈鬱になっていた。腹掛をしてる者や尻を端折ってる者などが多くなっていた。
「わーッ」と声が上った。見ると向うから騎馬の兵士が駆けて来た。然し彼はその
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