たのか、僕には分らない。がその時まで、電燈のことは全く忘られていた。それくらい、戸の隙間や窓から赤々とした光がさし込んで、室の中はぼーと明るかった。
父は一通り皆に云いつけておいて、台所の方へ飛んでいった。そして、風呂桶に使うゴムのホースを水道の口にあてがって、その先を掴んで外に飛び出した。僕もその後について外に出た。ぱっと明るいものが眼にぶつかった。室の中から見た真赤な光ではなく、電光のような感じのする光で、それがあたりを一面に照らしていた。瞬間に、ひどい物音がした。隣家の軒にひらひらと焔が伝っていた。
父はホースの先を小さくしぼりながら、水を家の軒先にかけていた。然し、隣家の火はひらひらと蛇のように這ってるだけで、火の粉も飛んでこなければ、熱くもなかった。それに隣家との間には、可なりの空間と公孫樹の茂みとが狭っていて、その厚ぼったい葉の無数に重なり合ってるのが、綺麗に浮出して見えていた。
「お前は荷造りの手伝をして来い。まだ荷物を出しちゃいけないぞ。」
父にそう云われて、僕はまた家の中に駆け込んだ。家の中はごった返していた。大事な物も何も見分けがつかなかった。僕は皆と一緒に手
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