たし、父自身でも不思議だと云っていた。がそのために頭が悪くなって、冬の間中ぶらぶらしていた。
翌年の春、或る晩僕は読書に疲れて、室の窓からぼんやり外を眺めてみた。淡い月の光が、空に浮んでる雲の肌に流れて、静かな爽かな晩だった。で一寸庭にでも出たくなって、座敷の縁側の方へやってゆくと、そこの雨戸が一枚半分ばかり開いていた。不思議に思って、そっと覗いて見ると、月の光がぼんやり落ちている庭の植込の向うの、藁包みの公孫樹の根本に、老人がしょんぼり立っている。それがよく見ると父だった。ひどく老けた姿で、背も少し前屈みになっていた。するうちに、父は着物の前をはだけた様子で、いきなり公孫樹の根本にしゃーと小便をひっかけ始めた。僕は呆気《あっけ》にとられたが、何だか見て悪いものを見たような気がして、こそこそ引返していった。
足の皮以外に一切肥料を与えない父が、而も土足に踏まれるのは不快だという足の皮を埋めているところに、いくら自分のものだとは云え、小便をひっかけてるのは理に合わないことだった。で僕はどうも腑に落ちかねて、それから注意してみると、父はやはり時々、人の目につかないように、公孫樹に小便を
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