じっと見ていた彼は、ふいに立ち上って怒鳴りつけた。
「俺の前で何ちゅうことをしてるだ。ぐずぐずしていりゃあ、貴様を叩き潰してくれるぞ。あっちい持ってけ。」
隣りの男は呆気に取られた。平兵衛も固唾《かたず》をのんだ。が、彼はやがて、くしゃくしゃな渋め顔をして、ぷいと向うを向いてしまった。手が震えていた。
何かしら彼のうちに、調子のとれないものが二つあって、あんぐり口を開いていた。
五
朝から薄曇りのした、風のない蒸し蒸しする日だった。のっぽの三公兄貴は、珍しく午後遅くまで、町の居酒屋で仲間達と一緒になっていた。
「どいつもこいつも、余り気に喰う野郎じゃあねえが、我慢してつきあってやるだ。」
酔った揚句に云ったそんな言葉が、後まで伝えられた。
四時頃彼は、空《から》の荷馬車を引いて帰っていった。途中で真暗になった。手に提灯をぶらさげて、手綱を短く取って、高い大きい身体をのっそりと急ぐでもなく、何やらぼんやり考え込んで歩いていた。ぽつり……ぽつり……というほどでもなく、小さな雨が降り初めたようだった。彼は時々立止っては、馬の平首を手で撫でてやった。
平兵衛の立場茶
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