屋から半里ばかり行ったところに、昼間でも暗い森があった。それにさしかかった時、彼はふいにびくりとした。とたんに、森の木影から小さな姿が、提灯の光を受けた闇の中から、ぼーっと浮び出してきた。また気のせいかな、と思いながら二足三足機械的に進むうち、そいつが大きく伸び上って、森の梢までもとどきそうになった。ぞーっと髪の毛が逆立つ思いに、彼は却って無鉄砲になって、やっつけてやれと、手綱を一つぐいと引きしめながら、すたすたとぶつかっていった。が……何の手答えもなく、馬も荷馬車も影のうちに呑みこまれてしまって、しいんとなった。彼は無我夢中に森を駆けぬけた。
冷たくねっとり額と背中とに汗をかいていた。手綱を取ってる左の手の甲で額を一拭きした時、細かな雨が降ってるのに気付いた。そして何気なく空を見上げて、その眼をやった彼方の山裾に、ぱらぱらっと……消えたりついたり、よく見ると美事な狐火が、一面に押し動いていた。
おや。
見とれた瞬間に、何か明るい晴々としたものが、ふいに彼の胸の中に飛びこんできた。彼はあっと眼と口とを打開いたまま、思わず提灯を取落してしまったが、それから先はもう覚えないで、狐火の
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