方へ足を宙に駈け出してしまった。
 真暗な中に取残された馬は、嘶きもせず慌てもせず、暫く其処に立っていたが、それからことりことり荷馬車を引いて、通い馴れた街道を自分の家の方へ、そぼ降る雨の中を帰っていった。
 彼の家では、一番年上の十二になる子供が、表の戸がごとりごとり叩かれるのを聞きつけて、立っていって戸を開けると、にゅっと馬の頭がはいってきた。たしかに自分の家の馬で、荷馬車を引いて、雨に濡れてしおしおとした悲しげな眼付をしていた。
 彼の姿は見えなかった。
 家中の者が騒ぎ出した。やがて町の人達も騒ぎだした。噂は界隈に拡まった。がいつまでたっても、彼は戻って来なかった。それらしい姿を見かけた者もなかった。
 のっぽの三公の消息は、それきり全く分らなかった。或る古老から聞いた通りに、この話を綴ってる私自身にも、勿論分りようはない。



底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1−13−22])」未来社
   1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年11月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このフ
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