「慴えてか」は底本では「摺えてか」]馬が駈け出した……までは覚えていたが、彼が荷馬車から飛び降りて、馬の轡を押え止めた時には、平吉は俯向にぶっ倒れて、足をぴくりぴくりやっていた。肋骨から頭半分へかけて、車輪の下に押し潰されていた。
二
のっぽの三公は、二週間ばかり警察に留め置かれた。
平吉を轢き殺したことについて、彼はただ、俺が悪かった、許してくれ……と打歎くばかりで、そういう場合に誰でもがする通り、向うが悪いんだと昂然と云い張ることをしなかった。それがいけなかった。夕暮に提灯もつけないでいたことについて、彼はただ、もっと早く灯をつけていたらなあ……と云うきりだった。それもいけなかった。荷馬車に乗っかっていたことについて、彼はただ、俺が馬を引張って歩いていたらなあ……と云うきりだった。それもいけなかった。前後の事情について、彼はただ、羊羮のことを考えていたんで何にも分らない……と云うきりだった。それもいけなかった。酒を飲んでいたかと聞かれて、彼はただ、飲んでいたが酔ってはいなかった……と答えるきりだった。それもいけなかった。そして更にいけないことには、彼は平兵衛から
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