の新緑が、ひっそりと静まり返って、街道の淋しい松の梢に小鳥がちちと鳴いていた。
 明日も天気らしいな。
 ――西は……追分東は……関所……浅間山から……。
 子供の時から歌い覚えたのを口ずさんで、それから彼は黙り込んでしまった。丘の袂を廻ると、茫とした山影に呑み込まれた。
 だらだらの坂を下りきったら、平兵衛の立場茶屋で提灯を……と、そんなことをぼんやり思いついた時、彼の頭の中に、平兵衛の孫の平吉の顔が、可愛くにこにこっと映った。と同時に、腹掛の底の三本の栗羊羮の重みが、貨幣の重みみたいに、ずっしりと腹にこたえた。
 折角貰ってきたんだが、一本を平吉にくれてやるか、と彼は考えた。残りの二本じゃあ家の三人の子供等がまた喧嘩あ初めるかも知んねえ。だが、半分ずつにして……半分を婆さんに……うむ。……平吉は喜ぶだろうな……。
 立場茶屋の近まったのを知ってか、坂道の余勢をもって、ぱっかぱっかと馬が足取を早めて、そこの曲り角を曲った時、向うの人家からぱっとさす光の中に、黐竿《もちざお》を持った平吉の姿が、くっきりと浮び出した。
 やあ!
 夢からさめたような、咄嗟の出来事だった。何に慴えてか[#
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