せん。その時私には、二つの心の生きた愛ばかりがはっきりと見えています。そして涙のうちに永遠の生と死とが一つになって、私というものを遠い遠い処へ運んでゆきます。一瞬間のうちに限りない歳月《としつき》を押しつめたようで、私はその重荷の下にふらふらと昏倒しそうになります。」
 彼はじっと仄暗い片隅を見つめたまま、胸を震わせて逼った呼吸を刻んでいる。
 その時彼女の掌の中で女の手がかすかに痙攣した。で囁くような調子で云った。
「屹度幸福があなた方を待っているでしょう。」
「いえいえ。もうこの上何かが来たら、私は屹度堪えきれないでしょう。それがたとえ幸福でありましても。」こう云って女は眼を閉じた。
 彼女は二人から遠くへ離れている自分の心を見出した。其処には淋しいような静かなる空間があった。でホッとしてこう云った。
「あなた方は何か……何かを忘れていらっしゃる。あんまり一つのものを見つめているとよくありません。」
「心より外のことを一切忘れるのは私の勝利です。」青年はこう答えた。その時彼の眼は淋しく光った。
 沈黙が続いた。囲炉裡の炭火が淋しくなっていた。家の中に夜が渦を巻いている、そして何かが
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