になっていた種々の思いが皆スーッと何処かへ飛び去ったような心地がした。そしてその後に神秘な興奮が残った。「あなた方は……と云って。」言葉がと切れた。そして傍の女を見ると――女は眼に一杯ためていた涙をほろりと膝の上に落した。
彼女はそっと女の背に手をかけた。そして云った。
「あまり御心配なさらないがよろしゅうございます。」
「いいえ。」と女は頭を振った。「何にも心配なぞ致しませんけれど……。」そしてずっと彼女の手を握って云った。「私は信じています。」
信ずるという意味が彼女の心にはっきりと映った。で女の手を両方の掌にはさんで、いたわるような心をこめて緊と握り返した。
「ああ私の胸に……。」と云って男はじっと燈火を見つめた。静かな夜のうちに燈火は赤い光りを震えつつ咽《むせ》んでいる。「私の胸に永遠の囁きとでも云ったようなものが響いて来ます。彼方の世界から来るかすかな戦慄《おののき》が、青空の深い懐と大洋の遠い水平線とが交っているような震えが……。そして私の胸は一杯に満ち充ちて裂けそうになります、祈りで。何を祈るのでもありません。また何に向って祈るのでも……もう自分の心に祈るのでもありま
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