旅人に過ぎないと宣言することは、単に孤独の是認のみではなく、孤独ならざるものの獲得の希望が含まれていることである。人生に於ける一の故郷を棄てて旅立つことのうちには、やがて第二の故郷を獲得する希望が含まれている。エディプの生活はあれで終ったのではない。劇は最後の幕を下しても、幕外への――将来への拡がりを持つ。その拡がりのために、アンチゴオヌが必要であった。盲目のエディプの手を引いてくれる娘アンチゴオヌが必要であった。
もしも、エディプにアンチゴオヌがいなかったならば……こう想像することは吾々には堪え難い。堪え得るのは何等かの意味での超人であろう。旅立つに当って、吾々は大抵アンチゴオヌを必要とする。而も観念や思想の中にではなく、如何にささやかであろうとも具体的な何かの中にである。
具体的な何か……この中に人間性の秘密がある。このために、ラスコーリニコフは最後に無智な少女ソーニャの許に走った。そして「罪と罰」の後に来るべき「新らしき物語」のために、シベリアに於けるラスコーリニコフにはソーニャが必要であった――如何なる偉大な観念や思想よりも。
さりながら、自分は名もない一人の旅人に過ぎな
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