げてるようだ。然し、愛情の契機なんて、たいてい些細なものである。一人っ子などと、私たちは下らないことを言ったものだが、どちらも顔を紅らめたのがいけなかった。
私は澄江に逢いたくて、一人で加津美へ行くようになった。私は内気ではにかみやだし、彼女は無口で胸にだけ思いつめるたちだった。語り合うことは少なかったが、愛情は急に燃え上っていった。
澄江は私の下宿へもやって来た。私は加津美へしばしば行った。澄江は叔母さんの家と加津美と、両方に寝泊りしていたので、ごまかしがきき、二人でよそへ泊りに行くことも出来た。
いつとなく、二人の仲は周囲に知れていった。私の下宿のお上さんは、澄江を他人扱いしなくなった。加津美では、まるで芸者のように澄江が私の側につききりだった。一方、私は金に困って、永田から会社の金をだいぶ借りた。私と同じ社員である永田に、会社の金が或る程度自由になることを、私は初めて知った。もっとも、社長の黙許があったのだろう。永田は言った。
「金のことは心配しなくてもいい。君たちのことは社長もうすうす知ってるよ。然し、あまり深まにはいるなよ。」
どの方面にも、大して障碍はなかった。とこ
前へ
次へ
全19ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング